【エール】裕一が感じた責任…
戦意高揚の曲を作ったことに責任を感じ続けた裕一(窪田正孝)。
裕一について思ったことを書いています。
「とんがり帽子」が裕一を変えた
朝ドラ「エール」第93話にて、ラジオドラマ「鐘の鳴る丘」の主題歌「とんがり帽子」を完成させた裕一。
<戦後70年企画 歌のあゆみ> こどものうた ~とんがり帽子・みかんの花さく丘~
裕一は逃げずに何度も譜面と向き合い、「 #とんがり帽子 」を完成させました。#朝ドラエール#窪田正孝#二階堂ふみ pic.twitter.com/laGTVARiKo
— 連続テレビ小説「エール」 (@asadora_nhk) October 20, 2020
戦意高揚の曲で戦争を後押しし、若者の戦地に行かせてしまった責任を感じ、ずっと時計いじりに逃げてきた裕一が、ようやく”作曲家・小山裕一”に戻ったのでした。
裕一は、戦争に勝って国を守る為に力になりたいと考えて 、戦意高揚の曲を作ってきたのだと思っていました。
戦争で亡くなる人もいるけれど、国を守るためだから仕方がない。
戦い続けるしかない、だから、裕一も曲を作り続けた。
裕一が曲を作ったのは、自分のためではなく、ただひたすら国を信じ、守りたかったからだと思っていました。
けれど、第93話で、裕一は「自分の曲を聞いて、戦地に行く若者を見ていて興奮していた」と言いました。(セリフ通りじゃないかもですが)
そうだったんですね。だから、裕一は自分を許すことができなかったんですね…(´;ω;`)
裕一は、若者たちを扇動したことを気持ちよく思っていた…自分の曲の影響力に酔いしれていたんですね。
若者たちが戦地に行くという事は、死ぬかもしれないということは分かっていた裕一。
けれど、戦争に勝つ為、という大義名分の前に、若者の命は軽んじられてしまったのでしょう…。
よくよく考えてみれば、戦意高揚の曲に影響された若者が戦地に行くことは、残酷な事でもあるのに、裕一はそんな状況に興奮したのですね…。
恩師である藤堂先生が出征しても、戦意高揚の曲を作り続けたのは、そういう裕一の心境があったからだったんですね。
「音楽で人を戦争に駆り立て、若い人の命を奪うことが、僕の役目なのか…」#朝ドラエール#窪田正孝#二階堂ふみ#徳永えり#根本真陽#山時聡真 pic.twitter.com/agYWqpjL1h
— 連続テレビ小説「エール」 (@asadora_nhk) October 16, 2020
その告白を、池田(北村有起哉)にできたことで、裕一は一つトンネルを抜けることができたんじゃないでしょうか。
家族にも、友人にもできなかった思い。裕一が心の奥底に隠したかった思いを、池田次郎には話せた。
近い人じゃない、親しい人じゃないからこそ、裕一は話すことができたんだと思います。
そして、その思いを静かに聞いた池田は、それならなおのこと「鐘の鳴る丘」の主題歌「とんがり帽子」を作るのは裕一しかいないと言ってくれました。
裕一が一歩前へ進もうと思えたのは、池田がいたからだと思います。
「とんがり帽子」今聞いても心がウキウキしてきます。
裕一と池田次郎、そして鉄男と久志も加わって、戦後の日本をどう生きるか、これからの「エール」も楽しみです。
さいごに
見逃した方へ(PR)
U-NEXT は「エール」「まんぷく」など過去の朝ドラも楽しめる◎
無料期間は31日!
以上が、朝ドラ「エール」の感想でした!
最後まで読んで下さりありがとうございました♪
コメント